東京で食べる北海道の蕎麦:音威子府Tokyo

  新そばはじめました。と言う張り紙をそば屋で見ることはちょくちょくとある。秋の始まりを感じる。しかし、信州や北陸の新そばはやや遅い。そういった地域で最初に出る新そば、先ずは北海道産が出て、その後地元産の新そばへと遷移していく。そんな具合で、秋の始まりを感じる人は少なからずいると思う。北海道は、そばの名産地と言って、違和感のある人は少ないのではないかと思う。自分自身は、北海道に上陸した経験はまだないのではあるが、広大な大地で白い花を咲かせ、それが終わる頃に、一気に収穫するのではないだろうか。

 さて、音威子府と言う街は、北海道でも最小の人口の町の一つである。人口は1000人に満たない。音威子府を聞いたことがある人はそんなに多くないかもしれない。私も店を知るまで聞いたことがなかった。日本最北端の地とされる宗谷岬のある半島部分の付け根のあたりに存在する。音威子府町の大半は山です。町の中心部を中心としたY 時の谷が存在し、谷に広がる平野部に町が形成されている。町の特産品には、蕎麦や蜂蜜などがあるようだ。

 さて、音威子府Tokyo であるが、元々は、前述の音威子府町にあった蕎麦屋のようだ。音威子府そばは、音威子府町に店舗を構える蕎麦屋さんだったようだ。どんな経緯で東京の四谷に店を構えるようになったのかはよくわからないが、現在、東京の四谷三丁目駅から少し新宿側に歩いた場所に店を構えている。そんなに大きな店内ではないが、店の大きさに対しては十分すぎるくらいの量の店員さんがおり、どの店員さんもとても丁寧な対応であったことが印象深い。また、どの店員さんも、蕎麦屋の店員の雰囲気ではなかったことも印象深い点の一つかと思う。おそらく、違う職種から転職なさった方々が多いのであろう。

 音威子府の観光案内のようなかんたんな資料があり、注文してから蕎麦が来るまでに決して暇をするような事はなかった。また、ランチでは、サービスでご飯をつけてもらえるらしく、この日はかしわ飯のような炊き込みご飯であった。また、右側の小皿に乗っているものは、この音威子府Tokyo からほど近い、東京では老舗の豆腐屋さんのオカラをつかった一品が乗っていた。美味しいオカラだったのことを覚えている。

 ここで、私は、信州産の更科そばと、北海道産の音威子府そばの合盛りを頼んだ。

 明らかに色が違っていることがわかる。また、上に載せられた海苔の色からも、更科そばの白さと、音威子府そばの黒さの差が見て取れるのではないかと思う。また、そばの薬味が様々と用意されているところも興味深い。これが、音威子府そばの特徴なのだろうか?ワサビや辛味大根は北陸などでも見たことがあるが、おひたしには若干の戸惑いを覚えた。また、胡瓜の千切りに至っては、扱いに困った。実際に食べた感じでは、そんなに違和感のあるものではなく、いろんな風に食べれるといった、お店からの提案なのであろう。蕎麦は、水がうまい地域で食べる蕎麦の様な雰囲気のみずみずしさを感じた。蕎麦そのものに関しては、北海道蕎麦がこんな感じなのか、それとも店主が代替わりでもしたのかと思うところが若干有りはしたが、美味しい蕎麦であった。そこらのチェーン店の蕎麦よりはとても美味しい。


 一方で、特筆すべき点として、ここの蕎麦湯はとてもうまい。私は、信州や北陸などでいろんな蕎麦屋を経験し、どこもとても美味しかった。しかし、そんな蕎麦屋のどこよりも、ここの蕎麦湯は群を抜いて美味しかったと思う。単に濃厚なだけではなく、蕎麦の甘みがしっかりと感じられる蕎麦湯であった。蕎麦がきなんかもここで提供されれば食べてみたいと思う。

 ここの蕎麦屋、値段がとても安価なのが特徴ではないだろうか。チェーンの蕎麦屋はもちろんもっと安いのではあるが、ここもとても安くで珍しい蕎麦を提供していると思う。北陸などの山間部でももう少し高いのではないかと思う。値段のやすさにも少しばかりの驚きを覚えた。 

 近年、東京では、うまい蕎麦屋が少しずつ減ってきている。そんな中、ここ音威子府Tokyo は、これからが楽しみになる蕎麦屋ではないだろうか

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